親父

 昨年夏の北海道ツーリングに続いて、四国ツーリングへ息子と出掛ける事になった。息子は春休みを利用して4泊5日の全行程1600キロ程を計画していた。名神高速から中国道、岡山道から瀬戸大橋を渡り、四国を西から南、そして東への周遊ルート。松山、足摺岬、四万十川、天狗高原、室戸岬、徳島、明石鳴門大橋まで、高速道や山森道や海岸道路とバラエテイ―にとんだルート設定だった気がする。今回のバイクはワルキューレではなく、今年から愛車に加わったBMW 1150R、一人旅を望んでいたかもしれない息子の?好き嫌いに関係なく、今回もまた何となく同行してしまった。

 でも、実を言うと戸惑いがあったのも事実だ。それは3月19日に親父が81歳の人生を終えて、突然に天に召された事である。召される?そう、親父はクリスチャンだった。もちろん知っていた。が、仏式でいう通夜にあたる前夜式、告別式にあたる葬送式で牧師さんのお話から親父が50年も前からキリスト教徒だった事には驚いてしまった。他人から見れば家族なのに何故?と、不思議に思うかもしれないが、親父は教育者で僕は歌手、仕事はまるっきり違うし、同居はしていてもお互いに干渉する事はあまりしなかった。時間もなかったせいかもしれない。でも結局は、信仰を押しつけようとはしなかったのが事実であろうか?僕が若かった頃に親父と宗教について話し合った時があった。それは世界中にさまざまな宗教はあるが山の頂上が一つの如く、それぞれの登山道が違うだけだと聞かされた。僕もそうだ!と思った。その事は今でもはっきり覚えている。どの宗教を選択するかは自由で親父はキリスト教を心の支えとして生きてきたのだろう。仏教では没後の7日と49日が大切な日である。今回のツーリングは本来なら喪中で不謹慎な行動かもしれない。でも、親父が一番可愛がっていた孫のツーリング計画には反対はしないと思った。堅苦しく仰々しい事の嫌いな親父の事、きっと許してくれる気がした。生前、孫のオートバイにサイドカーを装備して乗ってみたいと本気で話していた。それが夢だとも言っていたのだから…。

 愛媛県を南下し高知県の足摺岬へと僕達は向かっていた。太平洋を右に見ながらのドライブで突然に、本当に突然に「松崎海岸」と言う看板が目に入った。普通なら見逃してしまいそうな場所にその看板は立てられていた。僕はブレーキを踏んでバイクを側道に止めた。僕達にはそれはただの偶然とは思えなかった。なぜならば、親父は教壇を降りた後に我が家の姓である「松崎」に興味を示し全国の「松崎町」を旅する事を楽しみの一つとしていた。町名から海岸名に変っても、トンチ好きの性格、きっと冗談めかして僕達に教えてくれたと感じた。きっと愛する孫のバイクに同乗してついて来たのかもしれない。


松崎海岸

 その後、スカイラインを駆け抜けて今日の目的地、四国最南端の足摺岬を目指した。足摺岬!そこにあったのはジョン万次郎、中浜万次郎の巨大な銅像であった。前もって調べて知っていれば驚くほどの事ではないが、僕には少々気になる事であった。と言うのも、ジョン万次郎の子孫にあたる名古屋在住の中浜医師と親父とは交友関係があった事である。親父と先生は万次郎に関しても話し合った事があったと聞いている。親父は万次郎にも直接会いたかったのかもしれない。不思議な出来事?きっと僕達と一緒にツーリングをしていると思った。

足摺岬

 4泊5日の四国一周のツーリング、北海道とはまた違った楽しさがあった。ヘルメットをかぶりバイクに跨り走り出すと、何とも言えない孤独な自分を見つける事が出来る。それは息子が後をついて走っている事すら忘れてしまう瞬間でもある。さまざまな出来事を思いだしたり考えたり、自然の偉大さと美しさを肌で感じる。今回も良き思い出が一つ増えた。感謝!

 あとがき

 僕は休みの日でもあまり親父とは話しをしなかった。親父はその変りに孫達との会話を楽しみにしていた。もっと優しく接して親孝行な息子でいた方が良かったと反省する。一昨年は義父をなくし、今年は実父を亡くした。誰もが経験する生・老・病・死。残された母の悲しみや寂しさは計り知れないが、僕達家族の心の中ではいつまでも生き続けることだろう。そして、ツーリングをする度に何処へでも付いて来てくれる「親父」を感じる事であろう。